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2016年1月23日土曜日

ザ・ウォーク (3D)

(The Walk)

 ニューヨークのワールドトレードセンター・ビルで綱渡りした大道芸人フィリップ・プティの半生を描いた伝記映画です。この綱渡りのパフォーマンス自体は、ドキュメンタリー映画『マン・オン・ワイヤー』(2008年)となってアカデミー賞(第81回・2009年)長編ドキュメンタリー映画賞を受賞しましたが、本作はその実録ドラマ化といった趣です。
 『マン・オン・ワイヤー』自体は未見でありますが、あのときのアカデミー賞授賞式典では、滝田洋二郎監督の『おくりびと』と加藤久仁生監督の『つみきのいえ』の邦画二作品が受賞した年でしたので憶えております。

 なお、本作は劇中に3Dの効果を強く意識した演出が見受けられますので、やはり3Dでの鑑賞を強くお薦めいたします。今まで観てきた並みの3D映画の比では無いです。ストーリーや演出にもよるのでしょうが、3D映画を観て「手に汗握る」ほど緊張したのは初めてでした。
 やはり3D感の演出としては、手前に飛び出して見えるものよりも、奥行きが感じられるものの方がリアルですね。
 予告編の段階から、高層ビルの屋上から地面を見下ろす場面があって、なかなかスリリングであるなとは感じておりましたが、一番ヒヤリとしたのはクライマックスの綱渡りとは別の場面でした(いや、あのクライマックスも相当なものでしたけどね)。
 劇中のあるところで、綱渡りする人物を下から撮った場面があり、その人物が持っていたものを取り落とす。一瞬の出来事ですが、思わず首を縮めてしまいました。些細な演出ですが見事です。

 本作の監督はロバート・ゼメキス。『フライト』(2012年)以来の監督作品となります。以前から劇中に然り気なく凝ったCG合成を駆使する監督さんではありましたが、本作ではセットとCGでないと撮影できない筈のワールドトレードセンター・ビルを──なんせ二〇〇一年の同時多発テロで崩落してしまいましたから──、まるで現地でロケして来たかのように活写してくれます。
 本作の映像はツクリモノのくせに驚くほどリアルです。これはもうアカデミー賞ものだろうと思われたのですが、驚いたことに本作は今年(第88回・2016年)のアカデミー賞のノミネートにはカスリもしておりません。

 何故、本作がアカデミー賞視覚効果賞にノミネートされなかったのか不思議です。『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』や『オデッセイ』と同程度には本作も凄い筈でしょう。納得いかん。
 いや、火星の荒野や宇宙船をリアルに描くことよりも、「今はもうそこにない建物」をあたかもロケしてきたかの如く描写する方が難しいと思うのですけどねえ。それともあまりにリアルすぎて、アレが視覚効果だと意識する人が少なかったと云うことなんでしょうか。

 個人的には本作はアカデミー賞の視覚効果賞のみならず、監督賞や作品賞や主演男優賞にもノミネートしてあげたいし、作曲賞にも推してあげたいです。
 本作の劇伴はゼメキス監督作品ではお馴染みのアラン・シルヴェストリです。劇中では不可能に思えるパフォーマンスの実現に向けて計画を進める主人公たちを軽快な劇伴で盛り上げてくれます。どことなくスパイ映画を思わせる劇伴でした。

 本作は半分方、困難なミッションを達成するべく仲間達を集め、各々が得意の技能を活かして条件をクリアしていく泥棒映画かスパイ映画の趣でありました。
 厳重な警備をくぐり抜けてビルに侵入するにはどうするか、北棟と南棟にワイヤーをかける方法は、強風対策、重量計算等々の難題をクリアしつつ、突発的に発生するアクシデントには臨機応変に対応しなければならない。
 当然、仲間の中には高所恐怖症の者もいて、重大な局面でこれを克服しなければならなくなるなんてスリリングな演出が入るのもお約束な展開です。実話に基づいた作品ではありますが、盛り上げるための脚色も巧いですね。

 主演の大道芸人フィリップ・プティ役がジョセフ・ゴードン=レヴィットです。アメコミ映画『シン・シティ/復讐の女神』(2014年)に出演しているのをお見かけして以来です。北朝鮮の怒りを買ったコメディ映画『ザ・インタビュー』(同年)にもカメオ出演しているそうですが、日本公開中止になってしまったので観ておりませんデス。
 本作ではフランス人の役なので、フランス訛りの英語を上手に喋っております。また、フィリップ・プティ御本人の指導の下に綱渡りの特訓を受けたそうで、劇中で見せる綱渡りのパフォーマンスはなかなかお見事でした。例え低い位置でも、ロープの上でジャグリングするのは難しいはずですが(私には無理だ)、軽々とソレをこなして見せてくれます。いくら何でもそこまでCGじゃないよねえ?

 ジョゼフの大道芸の師匠となるパパ・ルディを演じているのが、名優ベン・キングズレー。昨年だけでも『ナイトミュージアム/エジプト王の秘密』(2014年)、『エクソダス : 神と王』(同年)、『しあわせへのまわり道』(同年)、『ディーン、君がいた瞬間』(2015年)と出演作が四本も公開されておりました。仕事しすぎな感じな上に、演じる役柄がエジプト人、ヘブライ人、インド人と人種を超越しております。エジプトのファラオからシーク教徒のタクシー運転手、果てはワーナー・ブラザーズの会長まで演じておられる。

 本作のベン・キングズレーは東欧系のサーカス興行師として登場し、ジョゼフに大道芸の教えを垂れてくれます。フランス語の台詞も実に流暢です。設定上はチェコ人なので、興奮してチェコ語らしい言語でまくし立てる場面もありました(そこは字幕なしなので何を云ってるのか判りませぬが、あまり上品な言葉ではなさそうでしたね)。
 以下、ジョゼフの仲間になっていく人達がシャルロット・ルボン、ジェームズ・バッジ・デール、クレマン・シボニーといった皆さんですが、ほとんど馴染みがありませんデス(汗)。

 さて、本作はジョゼフ・ゴードン=レヴィットの語りで進行していくドラマです。自由の女神像の上に立ちカメラ目線で観客に語りかけてくれますが、背景のNYの街には見覚えのあるワールド・トレード・センターのツインタワーがそびえております。いや、これは懐かしい風景です。
 昔はあのツインタワーにはキング・コングだって登ったりもしたのですが(ギラーミン版のな)、もう崩落して十五年ですか。

 全体の構成が、全てを成し遂げた後のフィリップ・プティが半生を回顧する形です。少年時代に大道芸を志し、サーカス団に弟子入りし、そして世紀のパフォーマンスを如何にして実現したのかまでを語るという趣向。
 専ら本作の時代背景となるのは七〇年代。社会風俗的な考証も怠りなしです。
 ワールド・トレード・センターでの綱渡り自体は一九七四年の出来事ですが、事前の準備はその前年から行われていたと語られております。
 ちなみにあのツインタワーは七三年から七四年にかけて竣工しており、劇中では竣工間際のまだ一部が工事中であった建設現場の様子もリアルに再現されておりました。

 世紀のパフォーマーも、デビューしたての若い頃は無鉄砲でもあり、己の腕前を過信した傲慢なところがあったと描かれています。そして師であるベン・キングズレーに戒められる。
 観客への敬意の払い方がなっていない。心からの敬意を払え。そして何より集中力が大事だ。慢心した綱渡りは大抵、最後の三歩で失敗するのだ。
 どれも皆、至極尤もなベテランからの忠告ですが、若い者はなかなか実感できないと云うのも無理からぬ事です。

 これらのベン・キングズレーの教えが、クライマックスの綱渡りでちゃんと伏線になっていると描かれているのも巧いです。但し、観ている側には事実としてパフォーマンスは成功していることが判っていますので、ちょっと苦しい部分も無きにしも非ずでした。
 特に「慢心すると最後の三歩で云々」と云うのは、現実には起こらなかったことですから。そこはちょっと空想というか、イマジネーションの世界として失敗しかけるところを描いていました(劇的に盛り上げたくなるのは判りますが)。

 パリでは街角でパフォーマンスを披露する無名の大道芸人だったが、名を上げるためにノートルダム寺院の二本の尖塔にワイヤーをかけて違法なパフォーマンスをやらかしたこともある。無許可かつ違法なパフォーマンスで警察の御厄介になる日々。
 そんな時に雑誌に掲載されていた建設中である世界一の高層ビルの記事を見る。
 地上一一〇階。ツインタワーの間に一本の線を引いた瞬間、もはや頭の中はそのことで一杯になる。棒や塔が二つ建っていたら、とりあえずその間に線を引いてしまうのは職業病か。

 思い定めたら一直線。仲間を募り、困難な計画を実現するためのプロジェクトチームが動き始める。ある種の犯罪集団が──実際、違法ですし──緻密な計画を推進していく過程が興味深く描かれています。模型を造り、何度も練習を繰り返しながら本番に向けて準備していく。
 予想される問題を知恵と工夫でクリアしていく手堅い演出です。
 その上、次第に熱に浮かされたようになっていくジョセフ・ゴードン=レヴィットの様子がちょっと危うい。プロジェクトの方にばかり意識が向いてしまい、協力してくれる仲間たちへの配慮に欠けてしまう。

 返す返すも、本作のジョセフ・ゴードン=レヴィットがアカデミー賞主演男優賞にノミネートされていないのが解せません。ジョゼフならマット・デイモンやレオナルド・ディカプリオにも対抗できるだろうに。マイケル・ファスベンダーやエディ・レッドメインにだって……(贔屓目かしら)。
 でもきっと『オデッセイ』や『スティーブ・ジョブズ』を観たら真逆のことを口走りそうな気もしますから、あまり無責任なことは書かない方がよろしいでしょうか。

 そして遂に決行日が到来する。予想外の出来事に悩まされつつもそれを乗り越え、夜明けと共にワールド・トレード・センターの屋上に立つジョゼフ。
 朝靄の中、ツインタワーの屋上が雲の上に突き出ているかのようなビジュアルが美しい。
 まさに絶景。しかもこのあたりは全て背景はCG合成の筈なのにリアルこの上ないです。

 綱渡りのパフォーマンスが素晴らしいのはもはや云うまでも無いでしょう。この場面の間中、背筋がゾワゾワしておりました。
 その上、この綱渡りは一度では終わらなかったと云うのが凄い。『マン・オン・ワイヤー』を観ておりませんのですが、現実もこうだったのでしょうか。
 一回、渡りきって成功したところで、再び戻り始める。その頃になると地上は見物人と野次馬でごった返しており、当然のことに警官達がビルの屋上で戻ってくるのを待ち受けているわけですが、警官達の目の前でまた方向転換。
 結局、二往復する上に、最後はワイヤーの上でお辞儀するわ寝転ぶわと信じられないようなことをしてくれます。前夜までの偏執的なところが消え去り、悟りの境地に達したようなジョゼフの表情も印象的でした(だからやっぱり主演男優賞に……)。

 かくしてパフォーマンスは成功し、翌日の報道ではメディアに大々的に取り上げられ、おかげでニクソン大統領辞任のニュースが霞んでしまったと云うオチがつきます。
 その後、仲間達は解散し、各々の道を歩み始める。
 ラストは再び、自由の女神像の上から語りかけるジョゼフです。あれだけのパフォーマンスをやってのけた人から、「夢は実現させられるのだ」と語られると真実みがありますねえ。

 ところで現在、ワールド・トレード・センターは再建中だそうですが、今度は五棟の高層ビル群になる予定であるとか。その中でも二棟が四〇〇メートル超になるのだそうな。
 すると竣工間際になって、やっぱり綱渡りをやらかす人が現れるのでしょうかねえ。まぁ、二番煎じになるからやらないかな。
 それよりも、また『キング・コング』をリメイクして登らせてみたいものですが、きっと大コケするでしょうね。




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