でも本作の製作は二〇〇七年。『ロボット』(2010年)の前に製作されていたのですね。観る順番が逆になりましたが、まぁいいか。
主演と同じく監督もシャンカール、音楽も同じくA.R.ラフマーン。盤石の布陣です。
マサラ・ムービーとしては標準的な三時間越の作品ですが、まったく退屈いたしません。エンタテインメントの鑑のような作品ですね。ラジニさん主演作は皆そうか。どれもこれも「スーパースターが悪党共をやっつける」と云う、黄金のパターンに則っておりますが、それがイイ。
実は『ロボット』はヒンディー語吹替の短縮版を観てしまい、物足りなく思っておりましたが、本作は最初からノーカットなタミル語版ですね。やはりこうでないとイカン。
さて、「シヴァージ」とは本作に於けるラジニさんの役名ですが、インド映画界に於ける往年の名優にも同名のシヴァージ・ガネーシャンと云う方がおられます(ついでにラジニさんの本名もシヴァージだとか)。『パダヤッパ/いつでも俺はマジだぜ!!』(1999年)で、ラジニさんの父親役だった方ですね。
劇中ではこのネタを使ったギャグがありますが、日本人にはイマイチ判り辛かったですね。
悪党共が主人公不在の為にロックのかかったコンピュータを解除しようという場面。解除キーが音声である為、モノマネの巧い連中を集めて──インドのお笑い芸人さん達のようです──「シヴァージの真似をしろ」と強要するワケですが、ひとりがラジニさんのモノマネでなく、どうもシヴァージ・ガネーシャンのモノマネをしたらしく、「違う。そっちのシヴァージじゃないッ」と云うギャグ。判んないよー。
これはアレか。主人公の名前が「片岡知恵蔵」とか「萬屋錦之介」とか云うようなものか(例えが古いデスカ)。
本作では、いきなりラジニさんが逮捕されるという場面から幕が開きます。沿道に群衆が押し寄せる中を、厳重な警官隊に護送されていく。最初は顔は映りませんが、バレバレですわな。
「四六〇〇億ルピーもの詐欺を働いた」と罪状が読み上げられ、刑務所に収監。檻の中にブチ込まれたところで、隣の房の囚人が「お前さん、ナニをやらかしたのかね」と尋ねる(お約束ですねえ)。
そこでラジニさんのアップ。
「国の改革さ(ニヤリ)」
本筋はここから、どうしてこうなった的な説明に入っていく。
アメリカでビジネスに成功し、一代で巨万の財を築いた実業家ラジニさんが帰国するのが発端です。もう初っ端から派手にキメまくりで登場してくれます。
「クール!」と云うのが本作の決め台詞。やたらとカメラ目線でキメてくれます。
本来のラジニさんは年齢的に既に初老の域の筈ですが、精悍な青年実業家といった風情が板についています。メイクだけではこうはイカン。
五〇歳を超えても「精悍なイケメン」が自然に演じられるのは、トム・クルーズとラジニさんくらいなものでしょう。
イケメンで、億万長者で、腕っぷしも強い。でも何故こんなに強いのか説明はない。ラジニさんだから。
故郷チェンナイに錦を飾ったラジニさんですが、夢はまだこれから。故国インドの近代化と云う大志を抱えておられる。
ビジネスで稼いだ大金を使い、まずは故郷の貧困層の為に、無料の病院と大学を建てようとする(億万長者すぎるよなあ)。しかし悪徳企業家アーディセーシャンはこれを快く思わず──医療ビジネスで甘い汁を吸っているので尚のこと──、ラジニさんの妨害を始めます。
警告を聞き入れないとなると、今度は病院の建設を中止に追い込む裏工作を開始する。
ここで描かれるのが腐敗したインドの官僚機構。何事も賄賂を払わないと円滑に進まない。
病院建設の認可申請に行けば、役人が公然と袖の下を要求してくる。役所はきれい事では動かないと云う親戚の叔父さんのアドバイスにやむなく折れるラジニさん。
「マジメに稼いだ金をマジメに使いたいだけなのに」と実に真っ当なことを云っておられますが、悪徳企業家は更に政治家に手を回して、ラジニさんの計画を妨害していく。
勧善懲悪ストーリーの前半として、まず徹底して主人公がイジメられると云う黄金のパターンです。もう主人公の我慢の限界が訪れるまで、ギリギリと容赦なし。
なのですが、実はストーリーはコレだけではない。マサラ・ムービーの凄いところは、本筋を一旦棚上げにしても、サイドストーリーや、歌やダンスを強引に割り込ませてくるところですね。
このラジニさんの慈善事業が妨害されていく過程とはまったく別に、ラブロマンスも描かれていく。やはりこうしないとインドの観客は満足しないのか。
劇中ではラジニさんと一緒に事業を手伝ってくれる親戚の叔父さんが登場しますが、最初から叔父さんはラジニさんの縁談を進めようとしている。
可愛い娘を取りそろえて、「さぁ、この中から嫁を選べ」なんて云っておりますが、ラジニさんの好みに合う娘はいない。実はラジニさんは結構、古風な好みらしく「タミルらしい女の子がいい」なんて云い出しますが、叔父さんに云わせると「生粋のタミル娘はもう絶滅した」そうデス。
このあたりはインドでも同じなんですかね。
しかしとある寺院で見かけた美女(シュリヤー・サラン)に一目惚れし、彼女のハートを射止めようと猛然とアタックを開始する。そうか、こういうのが生粋のタミル娘なんですね(日本人にはよく判らないデスが、いかにもタミルぽい)。
ラブコメ展開の間は本筋が完全に停止し、悪徳実業家も一切登場しないのが清々しいです。
もう完全に二つのプロットが平行している。ひょっとしてこっちが本筋なのか。
最初はストーカー扱いでラジニさんを避けていたヒロインも、次第に根負けしていくのですが、強引なのはラジニさんだけではなく、一家全員が強引と云うのが笑えます。これは遺伝か。
赤の他人の家に一家総出で押しかけ、強引に親戚付き合いに引き込もうとする。何とも押しの強い一家です。
挙げ句、「肌の白い人が好みなの」と云うヒロインの無理難題を真に受け、褐色のラジニさんが涙ぐましい美白に挑もうとする。悪戦苦闘の末、一時はマイケル・ジャクソン並みの色白になるラジニさん。
肌の色をギャグにしてもいいんですか。インドでは構わないのか。
ようやく彼女の真意を引き出し、ヒロインと恋仲になれた頃に、悪徳実業家が戻ってきてくれます。長かった。ここまで来るのに歌あり、踊りありのラブコメまっしぐらでした。
さて、悪徳実業家は首相を抱き込み、強引にラジニさんの事業を頓挫させ、遂にラジニさんは破産にまで追い込まれる。あれほどの億万長者が一文無しに!
と、ここでインターミッション。
でもインドではトイレ休憩があるのでしょうが、日本じゃそのまま突っ走ります。
無一文になったラジニさん。所持金はわずか一ルピー。
後半はここから反撃開始です。善人が公明正大にスジを通そうとして挫折したわけですが、これでラジニさんは学びました。悪を倒すには、自らもまた悪にならねばならぬ。
前半のやたら正義漢ぶった演技から一転、汚い真似も平気でするぜ的なワイルド演技が素晴らしいデスね。判り易いなあ。
何をするにも、裏金、裏金と云うインド社会の腐敗ぶりを痛感したラジニさんですが、まだ諦めない。
「裏金は計算するとインド全体で二〇兆ルピーにもなる。インドは貧しいワケじゃないんだ! 格差があることが問題なだけなんだ!」
この裏金を白日の下に引き出して利用しようという計画ですが、強引に暴力に訴えて金を奪っていく。物凄く判り易いです。
各地の有力者から裏金を奪い取っていくラジニさん。マルサの査察顔負けです。
そしてアメリカの友人にマネーロンダリングしてもらい、インド各地に財団を設立。工業団地を建設し、雇用を促進し、病院と学校を建設し……。
もはや、やっていることは私設の政府。インド庶民の声援が聞こえてくるようです。
しかし悪事であることに変わりはないので、紆余曲折の末に年貢の納め時となる。
これが冒頭の逮捕されて収監される場面につながると云う次第デスが、ここまで戻ってくるのに紆余曲折過ぎましたねえ。
しかしそれでもまだ終わりません。悪徳実業家は刑務所内でラジニさんの暗殺を企み、合法的に射殺しようとするが、ラジニさんを助ける側もまたその陰謀を察知し、悪党共に一杯食わせようとする。
善行を積む者には天も味方するのであるというか、前半の伏線がちゃんと活用されるのが巧いです。ただストーリーが長いだけではなかったデスね。歌って踊っている間に忘れてしまいそうになりますけど。
罠に嵌められ死んだと思わせて、別人となって甦るラジニさん。巌窟王みたいですねえ。
それにしても別人になった途端に、サミュエル・L・ジャクソン並みのハゲになってみせるあたり、素晴らしいです。笑いを取る為なら何でもしますね。
ハゲヅラを指で叩いて、いい音を出してくれます。この音、好きデス。
そこから悪党退治の最終決戦に雪崩れ込むのですが、もうCG合成の入ったワイヤーアクション全開な立ち回りが素晴らしい。インド映画の技術の向上はめざましいです。
私が初めて『ムトゥ/踊るマハラジャ』(1995年)を観たときは、チープなビデオ合成だった特撮がこんな見事になるとは。
札束が雪のように舞うクライマックス。ナニもかも過剰な演出ですが、実に痛快です。悪党がトドメを刺されるのは、ラジニさんによってではなく、自らの悪行が招いた結果であると云う演出も巧い。
そしてすべてを清算すべく、再び警察に出頭するラジニさん。
だが志を受け継いだ財団は、ラジニさんの夢の実現の為に邁進するのであった……と云うところで、エンドクレジットと共に、ラジニさんが出所してくるまでの数年間のインド社会の変遷が短く語られていきます。
裏金は撲滅され、貧困は一掃され、社会は近代化する。そして遂に西暦二〇一五年、インドは先進主要国の仲間入りを果たすのであった。夢はかなう!(これが云いたかったのね)
もう臆面もなく、ハッピーでバラ色の未来を描いてみせる演出にクラクラしました。インドの未来は明るいですねえ(いやマジで)。
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