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2012年8月1日水曜日

だれもがクジラを愛してる。

(Big Miracle)

 これは実話に基づく物語。一九八八年十月、アラスカの北極圏バロー沖で、分厚い氷に閉じこめられて外洋に出られなくなった三頭のコククジラの姿が報道され、やがて世界を巻き込むクジラ救出劇──オペレーション・ブレイクアウト(脱出作戦)──へと発展していく。
 ジャーナリストでもあったトーマス・ローズ原作の同名小説を、ケン・クワピス監督が感動の物語として映画化しております。クワピス監督と云うと『そんな彼なら捨てちゃえば?』(2009年)が一番有名か。
 主演はドリュー・バリモアと、ジョン・クラシンスキー。
 最近のドリューは『ローラーガールズ・ダイアリー』(2009年)で監督もされておりましたが、『遠距離恋愛/彼女の決断』(2010年)で再び女優として出演されております。
 ジョン・クラシンスキーの方は、『ザ・マペッツ』(2011年)に本人役で出演しておりましたが、あまり出番は無かった(カメオだし)。『恋するベーカリー』(2009年)の方がまだマシか。

 それにしても──。
 何となく聞き覚えのあるニュースのような気がしますが、そんな世界中が大騒ぎしたニュースだったかしら。あまり覚えがないですねえ。
 一九八八年といえば、NHKの大河ドラマは中井貴一主演の『武田信玄』だった年か。若尾文子の「今宵はここまでに致しとうござりまする」が流行語になりましたね。
 仮面ライダーはまだ「BLACK RX」で、スーパー戦隊は「ライブマン」だった。
 セガが「メガドライブ」を発売した頃。
 うーむ。日本でクジラは話題になりましたっけ。

 だって一九八八年(昭和63年)十月と云えば、昭和天皇の御容体が芳しくなく、日本中がイベントら何やらを中止しまくっていた頃ですよ。あの年の一番の流行語は「今宵は~」でも、「ペレストロイカ」でもなく、「自粛」であったと思うくらいで。それから「下血」という言葉も、この頃に覚えました。
 そんなときにクジラのニュースなんか……やってたかなぁ。覚えてませんデス(汗)。

 しかしトーマス・ローズの原作を読んだところ(竹書房文庫・阿部清美訳)、「今回のクジラ騒動に最も興味を持った外国は、日本だった」と書かれております。ホンマかいな。
 どうもローズ氏は当時の日本の事情をよく御存じなかったのでは。その頃の一般的日本人はクジラより天皇陛下の方を救ってもらいたかったと思います。
 大体、ローズ氏の記述には恣意的なものを感じます。だって日本については「オペレーション・ブレイクアウト以前から捕鯨大国だったこの国は、一九八八年の一年間だけで一二〇〇頭のクジラを殺している。この数は、世界の残りの国を合わせた捕鯨数の十倍近い」とも書いているくらいです。
 この「クジラを殺す」という表現自体が、まず気に入りませんな。捕鯨は殺戮じゃないぞ。
 だから「バローでの救出劇は、北海道から九州まで多くの視聴者の心を捉えたものの、無慈悲な捕鯨を止めさせる動きは何も起こらなかった」と書かざるを得なかったのは当然でしょう。
 本当に「多くの視聴者の心を捉えた」のかどうかはともかく、「無慈悲な捕鯨」ってナニ? 日本人を何だと思ってやがる(俺たちがそんなことで鯨を食うのを止めるとでも思っているのか。確かに最近、食べてないけどサ)。
 どうにもローズ氏の文章には、独善的な匂いが感じられてなりませんデス。グリーンピースに好意的な書き方もちょっとね……。
 もっとも、日本のマスコミはクジラそのものよりも「この美味な生物の救出にここまで頓着する人間」に注目したとも書かれているので、それは正しいのでしょう。

 まぁ、本作には「日本のマスコミ」は一切登場しませんけどね。原作に描かれたことすべてを劇中に登場させることは出来ないので、色々と取捨選択が行われたことは理解できます。
 描かれているのは主にアメリカ国内での出来事が多い。クジラ救出で企業イメージを上げようとする石油会社、大統領選挙に利用しよう考える報道官。中でも、無茶な命令に全力で取り組む軍隊の皆さんの御苦労が偲ばれます。
 色々と脚色も施されたようで、原作に登場する人物の名前がすべて変更されています。実在の人物の名前をそのまま使用することは出来なかったのか。
 変更されていないのは、ロナルド・レーガンとミハイル・ゴルバチョフくらい。
 三頭のクジラの名前も変更されている(必要なことなんですかね?)。

 もっとも原作の描き方よりも、クワピス監督の演出はより公平に感じられ、捕鯨を文化とする現地人の描き方にもリスペクトが感じられました。
 「我々はクジラを崇拝している」「しかし彼ら(報道陣)は血しか見ない」というやり取りに、現地イヌイットの皆さんの葛藤が伺えます。
 ここで三頭の鯨を狩ってしまえば、世間の反感を買って、捕鯨文化そのものを取り上げられる。それよりも協力して、文化の継続を図ろうという選択が苦しい。
 そして一度、助けると決めたら、一番尽力するのも現地の漁師達と云う描き方に感動します。
 夜間に氷原が凍結して、クジラが顔を出している僅かな穴さえも凍りそうになるとき、夜を徹して穴の凍結を防いでいたのは、グリーンピースでもなく、報道陣でもなく(ホテルでヌクヌクしているだけか!)、現地の皆さんだったという描写は感動ものです。

 他にもリアルなクジラの造形──CGとミニチュアの組み合わせ──も見事です。北極圏の過酷な状況も、きちんと再現しようという演出にはとても真摯なものを感じます。
 アラスカの雄大な風景を捉えたショットが随所にあって、何事も北極圏では一筋縄ではいかないという描写がリアルです。

 ところで主役であるジョン・クラシンスキー演じるTVリポーターは、それなりに好感の持てる人物でしたが、どうにもドリュー・バリモア演じるグリーンピース活動家の女性は好きになれませんでした。あまりに独善的すぎる。そういうキャラなのだから、それをきちんと演じられたドリューは称賛されるべきでしょうが。
 別に恋愛要素を無理して描かなくても良さげなものです。クジラ救出を通じて、一度は別れた男女が再びヨリを戻すというドラマは付け足しぽい様な……。

 ひとつ気になる脚色として、原作には無かった場面がありました。
 ドリュー演じるグリーンピース活動家が、クジラの様子を確認しに、氷の下に潜るという場面。凍死の危険もあるし、クジラの尾びれの一撃は致命的だと警告されるのに、ドリューは潜る。独善キャラですから、それはいい。
 しかし氷の下で、クジラと見つめ合って交流し、尾びれに漁網が絡んでいるのを発見して、取り除いてやる間、クジラが微動だにせずドリューの行動を理解していたように見受けられるシーンは如何なものか。
 しかも原作小説にはそんな場面、出てこないですよ。絡まった漁網は創作か。
 どうにもグリーンピースに好意的すぎるのではないか。氷原の穴からクジラが顔を出す場面だけでは、観客が満足しないと考えたのか。でも三頭のクジラのうち、弱ってきた子クジラを助けようと、親クジラが下から支えてやろうとする描写は、なかなか感動的です。
 別にドリュー・バリモアと見つめ合わなくても、それだけで充分だと思うのデスが。

 他にも幾つか脚色があって、すべてが現実に起こった出来事ではないようです。
 最後にはホットラインを通じてレーガン大統領の要請を受けたゴルバチョフ書記長の命令により、ソ連の砕氷船がやって来ます。
 そして無茶な突撃を敢行し、氷丘脈に穴を開け、自由になったクジラがそこから外洋に脱出していく感動的な場面が描かれます。CGのクジラが氷に開いた穴から泳ぎ出て行く様は、リアルだし、ドラマは盛り上がります。
 でも原作では、そこまで明確に描かれておりません。誰もクジラが外洋に出ていく姿を目撃していない。
 いつでも脱出できる状況にはなった。翌日、クジラの姿は無く、皆がクジラは外洋へ泳ぎ去ったのだと信じたと書かれております。ローズ氏もそう信じたようです。

 ところでローズ氏の原作にも登場する日本人特派員、川村益昭氏のインタビューが本作のパンフレットに掲載されております。それによると、ソ連の砕氷船が来たクライマックスに、川村氏は車の故障で立ち会えず、遅れて現地に到着したときには、砕氷船も世界の報道陣も撤収した後だったと述懐しておられました。
 しかしそこで川村氏は、水路に閉じ込められた血だらけのクジラ二頭を目撃しております。よかれと思って砕いた氷によって弱った身体が一層傷つき、クジラは外洋には脱出できなかったのだと。そして報道陣はそんなことにも気付かず、感動的なファイナル・シーンが撮れたことに満足して、ホテルに引き上げていったのだそうです。
 すると翌日、誰もクジラを目撃できなかったのは、つまり……。

 えー。なんか随分、脚色が過ぎやしませんかね。
 ローズ氏は最後に川村氏と共に、誰も居なくなった宴の後のような氷原を見て回ったとも記しておられるので、川村氏が目撃したことを聞かなかった筈は無いと思うのですがねえ(推測ですが)。
 そりゃあ、本作はドキュメンタリー映画じゃありません。事実に「基づく物語」に過ぎないのであるから、ドラマに都合良く改変したって、別に構わないのでしょうが。
 どうにもハッピーエンド好きなハリウッドらしい、改変であると云わざるを得ませんデス。
 クジラを助けようと人々が尽力したという事実の方が大事だと云うワケですか。
 あるいは、あのラストシーンは「こうであってもらいたかった」という願望を込めたファンタジーだったのか。知れば知るほど出てくる興醒めな事実に、映画だけ観て満足しておけば良かったと後悔しても後の祭りデス(泣)。




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