それもこれも、「一年間にどれだけ沢山の種類の野鳥を見たか」を競う「だけ」の為なのです。
しかしこれは実在する競技なのです。全米探鳥協会が主催する記録会の名称が、原題でもある「ザ・ビッグイヤー(“The Big Year”)」。何故か邦題は『ビッグ・ボーイズ』になってますが、主演がジャック・ブラック(以下、JB)だからですか(本作に登場するのは「大人になりきれない男達」だからという理由もあるそうですが、いささかコジツケの感ありですね)。
しかもこの競技、ルールらしいルールは無く、判定はすべて自己申告性。虚偽の申告をすれば容易くトップを取れそうなものですが、マニアの目は誤魔化せないようです。ヘタな申告をしようものなら、あっと云う間に見抜かれて、ギョーカイを追放。それが愛好家には何よりも恐ろしい。蛇の道は蛇か。
ゴルフよりも「紳士のスポーツ」と云えそうです。いや、そもそも「探鳥」はスポーツなのか?
二〇〇三年当時、書店にはティム・バートン監督作『ビッグ・フィッシュ』の原作本が平積みされており、本作の原作も一緒に並べて置いてあったので、つい手に取ってしまいました。いや、『ビッグ・フィッシュ』と『ザ・ビッグイヤー』は、タイトルが似ているだけで何の関係も無いのに、何故並べるのだ。
原作はバードウォッチングにすべてを捧げ、仕事も家庭も捨てて人生を棒に振った人達のノンフィクション小説です。滅法面白かったです。
帯には「スピルバーグ映画化決定」と云う惹句がありました。何でもかんでもスピルバーグの名前を出せば売れるとでも思っているのか(買ったけど)。
しかるに何年経っても映画化の続報が聞こえて来ない。さてはポシャったか──と、思っていたら忘れた頃に公開されました。危うく見逃すところでしたわ。よくビデオスルーにならなかったものです(でも劇場ではパンフレットは製作されておらず、不遇な扱いでしたが)。
監督はデイビッド・フランケル。『プラダを着た悪魔』(2006年)や、『マーリー/世界一おバカな犬が教えてくれたこと』(2008年)の監督さんか。
加えて主演は先述のJB以外に、オーウェン・ウィルソンとスティーブ・マーティン。
この監督、そして主演の三人がそろってコメディにならないわけがない。予想通り、とても面白かったです。
でも製作のクレジットにスピルバーグの名前は見当たりませんよ。製作総指揮もキャロル・フェネロン、ベン・スティラー、ジェレミー・クレイマーとな。スピルバーグはどこへ行った(笑)。
企画があちこちをたらい回しになって脚本がリライトされていたのか、登場人物の名前が原作と異なっていますが、それ以外はほぼ忠実に映画化されています。
配役としては「押しの強い土建屋」がJBで、「気の弱い原発技術者」がオーウェンかなと思いましたが、実際に観てみると逆転していました。
「引退間近な企業役員」がスティーブであるのはイメージ通りです。
その他の競演が、アンジェリカ・ヒューストン、ブライアン・デネヒー、ダイアン・ウィースト、ロザムンド・パイク、ジム・パーソンズ、ラシダ・ジョーンズといった顔ぶれ。なんか『ザ・マペッツ』(2011年)とカブってますが気の所為か。
何よりデネヒー爺さんが御健在で良かった(JBの父親役)。
さて、全米探鳥協会の発表によると、北米大陸に生息している野鳥は全部で六七五種。
二〇一〇年現在、〈ビッグイヤー〉に於けるタイトル保持者の記録は、七三二種類。どこをどうすれば北米大陸から出ることなく、それ以上の種類の野鳥を見ることが出来るのか。
一見、不可能事に思えますが、希少種をカウントすることで、そこはカバー出来る。
本来は北米大陸に生息しない野鳥であっても、渡りの途中でアメリカに立ち寄るとか、何かの拍子にはぐれた鳥が迷い込んでくるときがあって、そこをすかさず目撃し、カウントする(証拠の為に写真を撮っても、撮らなくてもOK)。
もはやフツーに野山に出かけていき、野鳥をカウントするだけでは勝てないのデス。勝負の世界は厳しい。当たり前に見ることの出来る六七五種など、カウントできて当然(全ての種の生態に精通していないと見ることは出来ないのは云うまでもありませぬが)。
勝敗は「如何にタイミング良く希少種をカウントできるか」にかかっている。
そして希少種を目撃する為には手間と費用を惜しんではなりません。アラスカだろうが、ニューメキシコだろうが、そこがカナダかアメリカ合衆国の領土内(又は領海内)である限り、そこで目撃してカウントすればOKなのです。例え国境警備員に麻薬密輸容疑で逮捕されようと、希少な鳥を「見る」為のリスクは覚悟せねばなりません。
こんなときに便利なのが、愛鳥家によるネットワーク、北米希少種注意報(NARBA)。
会費を払って登録しておけば、野鳥の目撃情報を速やかに通報してもらえる。この情報にはランク付が為されており、どこでも見ることの出来る鳥の目撃情報には価値が無い。しかし五段階のランク付の中でも最高位の〈コード5〉が発令されたひには、愛鳥家たるもの何をおいても飛び出していかねばならないのです。
××州の○○さん宅の庭で、希少なクロビタイサファイアハチドリが目撃された。〈コード5〉です。
何故、そんなところにハチドリがいるのか、理由は二の次。とにかく北米では滅多に拝めない野鳥なのだからカウントしなければ。かくして全米から物好き共が殺到する。
当然、家庭も仕事も放り出していくので、顰蹙買いまくり──「フルタイムで働きながら〈ビッグイヤー〉を成し遂げた者はいない」とも云われます──ですが、希少種を目撃する為に苦労を厭うては勝負に勝つことは出来ないのです。
テキサスに低気圧が接近する。これが渡り鳥の渡りの時期と重なるとくれば、直ちにネットワークから発報です。何故なら〈フォールアウト〉が発生するから。
この場合、降ってくるのは「死の灰」じゃなくて、渡り鳥。低気圧を避け、南米まで行かないと見られない渡り鳥が大量にテキサスの湾岸沿いに降下してくる。空は大量の鳥たちで埋まり、さながらヒッチコックの『鳥』のような様相を呈していますが、愛鳥家達には短時間で大量の種をカウントできる絶好のチャンス。
劇中でも愛鳥家がわんさか押し寄せる様子が描かれています。
いや、もう「愛鳥家(バーダー)」ではない。彼らは「探鳥家(バーディスト)」なのです。一種の求道者のようでもある。探鳥は、もはや「道」か。探鳥道か。もう「バードウォッチング」などと云う生易しいものではありません。
また、アリューシャン列島のアッツ島の様子も興味深い。一応、ここはアラスカ州の一部です(アンカレジからの距離よりも、東京からの方が近いとは云え)。
本土では決して見ることの出来ない野鳥も、ここでなら見ることが出来るとなれば、探鳥家の聖地。特に繁殖期のアッツ島は探鳥家の天国です。
物好き共が大枚払って、一週間に一度の定期便に乗り、捕虜収容所のような粗末な宿舎に寝泊まりしながら、島中を右往左往しつつ野鳥をカウントしている。それで幸せなのか。
この「正しい時期にアッツ島に詣でることが出来るか否か」が〈ビッグイヤー〉の勝敗を決すると云っても過言では無い。
しかしこんなハードな野鳥観察大会に毎年参加するなど、出来るワケが無い。どんなに資金が豊富でも体力が続きませんわ。したがってどんな探鳥家でも、〈ビッグイヤー〉に参加するのは「一生に一度きりの夢」とまで云われている。
だがここに二度挑戦しようとするバカがいた。
七三二種類をカウントし、タイトル保持者となった男を演じるのが、オーウェン・ウィルソン。その名は全米愛鳥家の中に轟き渡っていた。とは云うものの、どんな記録もいずれ必ず抜き去られる。輝かしい七三二と云う数字も、いつか誰かに抜かれるかも。考え始めたら居ても立ってもいられない。
案の定、その記録に挑戦しようするチャレンジャーが二人いた。それがJBとスティーブ。
記録への挑戦の筈なのに、いつの間にやら人間同士の駆け引きやら、軋轢やら、嫉妬が絡んでくると云うのがバカバカしくも哀しい人間模様です。いや可笑しいのか。あんたら、ホントに変だよ。
元日の朝から始まり、大晦日の日が暮れてもまだ鳥を探している。人生、他にすることがあるんじゃないのか。
本作はただ「鳥を見る」だけの為に、人間がどこまでバカになれるかという物語ですが、同時に家族の絆を再確認するハートフルな物語でもあります。ラストは、「鳥か、家族か」というギリギリの選択で踏みとどまった者と、思いきった者の差という描かれ方をしています。
何事も「一番になる」とは生半なことでは達成し得ないのですねえ(それが幸せなのか否かは別として)。
野鳥を観察するだけあって、本作は全編にわたって東西南北、四季折々の北米各地の自然が背景に描写され、実に美しいです。しかもちゃんと本物の鳥を映してくれます(いや、どこまでが本物なのかはよく判りませぬが)。
エンドクレジットには、その年の〈ビッグイヤー〉優勝者──それが誰であるかは本作をご覧戴くとして──が達成した七五五種と云う前人未踏の大記録を証明するように、次から次へ鳥の画像が流れていきます。これはちょっとした見物ですよ。
もう出演者やスタッフの名前が流れていくよりも、その隣を凄い勢いで駆け抜けていく鳥の写真の方に目を奪われます。
本当に七五五種類の野鳥なのか否かは、DVD化されたらスローで再生しながらカウントしなければ判りませんが、カウンタが「755」と表示されるので確かなのでしょう(笑)。
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