アニメのフランス映画と云うのも珍しいです(正確にはフランス、オランダ、スイス、ベルギー合作)。ハリウッドで流行りの3DCGアニメでは無く、2Dのごく普通のアニメで、アカデミー賞(2012年・第84回)長編アニメ映画賞にもノミネートされておりました。でも残念ながら、受賞は逸しております。
この時の受賞作はジョニー・デップ演じるカメレオンが話題になった『ランゴ』でしたが、他にも『カンフー・パンダ2』とか『長ぐつをはいたネコ』といった動物擬人化CGアニメがノミネートされている中で、異色の作品でした(実はノミネート作にはもう一本、『チコとリタ』もあるのですが、こちらは未見デス)。
本作は、表現する手法がアニメーションなだけの、真面目なサスペンス映画でありまして、実写で映画化しても問題ないし、そちらの方が簡単だったような気もします。
日本では「フランス映画祭2011」に於いて上映され、今般ようやく一般公開されておりますが、やっぱり公開規模が小さいです。もう少し拡大公開してもよさそうなものです(ちゃんとパンフレットも作って欲しい)。
劇場では「フィルム上映」と断り書きしてありました。今やデジタル上映の方が主流なんですかね。確かに、多少スクラッチが入ったりしますが、逆にレトロな感じがして作品の雰囲気にはあっていました。
さて、「ディノ」と云うのが、その猫の名前。猫らしく気まぐれで、自由に生きております。
実はディノは二重生活を送る猫であり、昼と夜で別の顔を持っている。と云うか、二人の飼い主を使い分けていると云う方が正しいのか。
昼間はとあるアパルトマンで、少女に飼われて文字通りネコを被っております。少女は失語症で言葉を話さず、他人との接触も避けており、猫のディノだけが心の友である。夜になって少女が就寝する時間が来ると、ディノは夜の街に出かけていく。
勝手に出かけても朝には戻ってくるので、少女は好きにさせている。少女の家族も、ディノはトカゲや小動物を狩りに行くのだろう程度にしか考えていない。
実は少女の家から数軒先の別のアパルトマンに、美術品窃盗を稼業とする一人の男が住んでおり、ディノはこの快盗の相棒でもあったのだ。
毎夜のように快盗ニコはパリの街に出かけていき、宝飾品を盗んでいる。ディノはニコの相棒として盗みの手助けをしていたのだった。
この快盗の鮮やかな手並みがなかなか面白いです。夜のパリを屋根から屋根へ、音も立てずにひょいひょいと飛び移りながら軽快に移動していきます。パルクールの達人のようです。
背景の絵も、リアルすぎず、デフォルメしすぎず、微妙なバランスを保っています。音楽もシンプルな絵に合った洒落てモダンな劇伴でした。
昼と夜でまるで違う生活を送るディノですが、この二重生活に接点が生じてしまうところからドラマが展開し始めます。
まず、少女ゾエの母親ジャンヌは、パリ市警の警視であります。そしてゾエの父親も有能な刑事だったが、殉職しており、父を亡くしたことがきっかけでゾエは失語症に陥ったことが説明される。
すべての原因となったのは、ギャング団のボス、ヴィクトール・コスタ。美術品〈ナイロビの巨像〉を狙ってコスタが動き出したことを受け、ゾエの母は夫の仇でもあるコスタ逮捕に向けて家庭のことに構っていられなくなる。
一方、一匹狼である快盗ニコはコスタの一味とは関係なく、仕事に精を出している。あるとき盗んだ戦利品の中から、魚がデザインされた装飾品を相棒のネコにプレゼントする。野良猫には洒落たアイテムだろう程度にしか考えていなかったのだが……。
翌朝、いつもは狩ったトカゲをくわえて戻ってくるディノが、綺麗なブレスレットをくわえて帰宅する。そしていつもの通り、獲物は少女へのプレゼントに。しかしゾエの母は愛娘が盗品のブレスレットをしているのを目敏く発見し、頻発する宝石泥棒の現場に残された猫の足跡と、ディノの関係を怪しみ始める。
少女ゾエも今まで気にしていなかったディノの夜の行動を探るべく、部屋を抜け出し……。
そして偶然にも、コスタ一味の企みを盗み聞いてしまう。
ゾエの母ジャンヌが警視であり、コスタ一味は〈ナイロビの巨像〉強奪に向けて逆にゾエの家族を監視していたと云う設定が、ディノの秘密を探ろうとするゾエの冒険とリンクしてしまうと云う流れが、込み入っていながらテンポよく説明されていく脚本が巧いです。
秘密を聞かれたコスタは少女を捕らえようとするが、ゾエはディノと共に快盗ニコのアジトに逃げ込んでしまう。
ニコにしてみれば縁もゆかりもない少女が突然、自分の家に逃げ込んで来て──しかも失語症で事情が説明できない──、助ける理由もなさげですが、少女がディノを連れていたことから、俺の大事な相棒の友達なら一肌脱ごうと助けてくれる。クールな快盗である上に、イイ奴です。
そりゃ「人相の悪い野郎共」と、そいつらに追われている「猫を連れた少女」の、どちらを助けますかと訊かれたら、決まってますね。
このコスタの手下共が、実はマヌケぞろいと云うところがアニメっぽいです。
なんとなく絵柄から、シリアス作品なのだろうと云う先入観を持っていたのですが、ここだけ見るとコメディ映画ノリです。部下のあまりのマヌケっぷりに、シリアスなボスが癇癪を起こす図というのも、コメディのお約束ですねえ。
台詞がフランス語なので微妙なニュアンスが伝わらず、最初は笑うべきか迷いましたが、日本語吹替にするときには玄田哲章あたりの配役で、最初からコミカルにお願いしたいデス。
中盤は、少女を連れて夜のパリを逃走するニコと、それを追う悪党共との追跡劇がスリリングに展開します。
実は本作に於けるストーリーの時間経過は割と短い。序盤に数日、描かれただけで、あとはたった一晩の出来事というスピード展開です。
ゾエを背負ったままでもパリの街をパルクールで逃走していくニコ。驚くべきは悪党のコスタもまた、しつこく追ってくる。大した身体能力です。
最初は、ニコが娘を誘拐しようとしていると勘違いしていたジャンヌも、ようやく真相に気付いて警官を率いて駆けつける。クライマックスはパトカーに包囲されたノートルダム大聖堂の屋根の上での大立ち回りです。実にサスペンス・アクション映画らしい演出です。
高所から転落しかけてガーゴイル像にぶら下がる図もお約束。
ここまでは脚本の筋運びが非常に巧い。このままラストまで行ってくれれば文句なしだったのですが、ラストのオチの付け方に釈然としないものを感じてしまいました。
それまでは本当に見事で、ゾエの母が娘の世話に雇った家政婦のオバちゃんのキツい香水の香りまでちゃんと伏線として機能しているのが素晴らしかったのに……。
クライマックスに於いて、悪党が絶体絶命のヒーローを蹴落とそうとして、逆に自分が転落してしまうと云うのは黄金のパターンではありますが、ここで悪党のボスは訳の判らない幻覚を見ます。
自分が強奪しようとしていた秘宝〈ナイロビの巨像〉が自分を助ける為に現れるという、何だかよく判らない幻覚。
絵としては、ちょっとビックリしますけどね。突然、パリの街並みの向こうから、巨大な人型の像がのしのしと歩いてくる。もうキングコング並み。〈ナイロビの巨像〉と呼ばれるだけあって、アフリカの民芸品みたいな巨像です。
これがセーヌ川を一跨ぎで駆けつけてくれ、落下する自分を受け止めてくれる、と云う幻覚。
最後に落下していきながら、勝ち誇るボスですが、幻覚の巨像は所詮、実体ではないので、空中で自分を受け止めることなど出来ず、そのままボスは転落死です。
何の為にこんな幻覚を見せてくれたのか、演出意図がよく判りませんデス。そこだけ怪獣映画だったのは面白かったのですが……。
結局、ニコもゾエも、そして助けに来た母ジャンヌも、悪党が勝ち誇って転落していった意味が判らず呆然とするばかり。
しかもそこからがまた素晴らしい御都合展開。
悪党が転落した後、高所に取り残されたニコとゾエ、そしてジャンヌは三人で、救助が来るまで気長に待ちましょうとなるのはいいですよ。失語症だった少女が、クライマックスで遂に声を発することが出来るようになったのもいいです。
そしてそれまで無口だった少女が一転して饒舌になり、母に今までの冒険の顛末を語りながらエンディングに雪崩れ込んでいくのもお約束でしょう。
判らないのは、そこでジャンヌと快盗ニコが、明らかに一目惚れしてしまうと云うオチでして。
娘がペラペラとそれまでのことを語っているのに、二人の大人は心ここにあらず見つめ合っている。
絵になるハッピーエンドだからいいんですけどね。
でも警視と快盗が、そんないきなり恋に落ちるなんて。しかもジャンヌは、さっきまで夫の仇を討つことに執念を燃やしていた妻なのに。
その上、劇中ではニコが宝石泥棒であることはバレてしまっているのですが、そこはスルーなのですか。逮捕しないのデスカ。
エピローグとして、序盤と同じように猫のディノが塀の上を歩いている場面が描かれます。
昼の飼い主と、夜の飼い主を使い分けていたディノでしたが、もうそんなことはない。帰るべき場所はひとつだけ。
塀の上から眺める窓の向こうには、幸せそうな一家三人の団らんの図があった。えー。
ゾエの亡くなったパパの存在はどうなったのか。ニコの泥棒稼業はどうなったのか。アジトに溜め込んでいた盗品のコレクションの数々はどうなってしまったのか。
色々と不都合なことを全スルーしてハッピーエンドに雪崩れ込む展開が実に強引です。導入部から終盤に至るまでの脚本が見事だっただけに、あっけにとられてしまいました。
そういえば秘宝〈ナイロビの巨像〉についても投げっぱなしでしたねえ。うーむ。
グラフィカルな背景と独特な雰囲気がいい感じであったのになぁ。惜しいというか何と云うか。
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