中でも、「高齢者のラブロマンス」とか、「高齢者と音楽」といったネタがありがちであるような。最近も『カルテット! 人生のオペラハウス』(2012年)がありましたし、『25年目の弦楽四重奏』(2013年)もそうですね。
本作もまた、そういった「高齢者と音楽」ネタの一作です。
余命宣告を受けた病身の妻が愛した高齢者合唱団に参加した頑固爺いが、それまでの人間関係を見つめ直し、家族との絆を修復させて人生の新たなスタートを切る、と云う心温まる音楽ドラマです。
主演の老夫婦役は、テレンス・スタンプとヴァネッサ・レッドグレーヴです。この組み合わせはなかなか素敵デスね。
特にヴァネッサ・レッドグレーヴがいい。私が奉る三大老婦人(英国編)の一人ですよ(他はジュディ・デンチとマギー・スミスね)。上品なお婆ちゃんですねえ。
近年の出演作には、『ジュリエットからの手紙』(2010年)や『英雄の証明』(2011年)、『もうひとりのシェイクスピア』(同年)と忘れ難いものが多いです。
また、テレンス・スタンプが渋い爺さんです。近年だと『イエスマン/“YES”は人生のパスワード』(2008年)や、『アジャストメント』(2011年)で印象に残っております。
本作の監督はポール・アンドリュー・ウィリアムズ。俳優でもあり、脚本も手掛ける方だそうで、本作の脚本も御自身で書いておられる。しかし監督もTVシリーズが多いそうなので、まったく存じませんでした。本作はかなり良作でありますので、次回作にも期待したいです。
他には、合唱団の先生役でジェマ・アータートンが、テレンス・スタンプと疎遠な息子役がクリストファー・エクルストンと云った方が出演しておられます。
それから孫娘ジェニファー役のオーラ・ヒルちゃんが可愛いです。
何を云うにしましたも、本作は登場する爺さん婆さん達にちゃんと歌う場面があるのがいいですね。踊りの方もあまり激しくはないが、ロボットダンスくらいなら披露してくれます(無理して病院送りになる人もいますが)。
ちゃんとヴァネッサ・レッドグレーヴも歌ってくれますし、クライマックスはテレンス・スタンプの独唱です。やはり主演俳優が歌ってくれると、観ている側も納得できます。
ダスティン・ホフマン監督の『カルテット! 人生のオペラハウス』はそこだけ、画竜点睛を欠くように思われました。マギー・スミスにも歌ってもらいたかったなあ。オペラ歌手と云う設定では無理がありましたか。
そこへ行くと、本作の歌唱シーンは実に自然です。一般市民の爺さん婆さんが、フツーに歌うと云うシチュエーションですから、多少ヘタでもそれがまた味わい深い。いや、ヴァネッサもテレンスも見事に歌唱シーンをこなしてくれますが。
劇中で披露される歌曲も、シンディ・ローパー、スティーヴィー・ワンダー、ビリー・ジョエルといった有名アーティストの懐かしのヒット曲の数々で、どこかで聞き覚えがある歌が多いのが楽しいデス。
余談ですが、高齢者の合唱団と云うと、ドキュメンタリー映画で『ヤング@ハート』(2008年)と云うのがありました。本作に描かれる高齢者合唱団の元ネタのようにも思われました。
特に『ヤング@ハート』でも、過去のヒット曲を老人達が歌っておりまして、ビージーズの「ステイン・アライヴ」とか、ボブ・ディランの「いつまでも若く」とか、歌い手の年齢によって歌詞の意味がちょっと変わってしまう演出が笑えました。
本作に於いても、ヴァネッサ・レッドグレーヴがシンディ・ローパーの「トゥルー・カラーズ」を歌う場面がありまして、歌詞がそのまま旦那さんであるテレンス・スタンプへの語りかけになっている演出が素晴らしかったです。
そしてその返歌として、テレンス・スタンプが歌うのがビリー・ジョエルの「ララバイ」であると云うのもいいです。歌も巧いが、歌詞の内容にグッときます。
まぁ、テレンスが歌うのは最後の最後でして、本作は如何にして偏屈な頑固ジジイが、人前で堂々と愛の歌を熱唱できるまでになるのかを描かいていこうと云う趣向です。
冒頭からテレンスの偏屈っぷりが遺憾なく炸裂しております。いつも苦虫を噛み潰したような顔をして、人を見れば憎まれ口ばかり叩いている。これでは人に好かれる筈もない。
劇中でも「生き難そうな性格ね」と評されております。
頑固ジジイとしては、『ロンドンゾンビ紀行』(2012年)のアラン・フォードもなかなかでしたが、本作のテレンスも相当なものデス(どちらも英国人と云うのがナントモ)。
そして嫌われ者の偏屈爺さんであっても、奥さんにだけは甘いし、今でもラブラブである点も同じか。
ヴァネッサは足腰が弱くなって車イスに頼ってはいるものの、気持ちは若く、地域のカルチャースクールで高齢者だけの合唱団──〈年金ズ〉と云う名前もスゴイ──に入って歌っている。テレンスがするのは奥さんの送り迎えだけであり、自分から参加しようなどとは露ほども考えていません。
しかしあるとき、ヴァネッサが倒れ、病院へ搬送される事態が発生する。診察した医者は、癌が再発したことを告げる。
過去に、苦労の末に癌治療で病魔を克服したという設定があるので、再発したとなっては医者の方から積極的に治療を勧めないと云うのが厳しいです。あまり効果の見込みない抗癌治療をまた繰り返すよりも、家に帰って人生を楽しみなさいとサジを投げられる。
他人には憎まれ口ばかり叩いているテレンスも奥さんの前では弱気を見せる様子が微笑ましいが、残された時間は僅かしかない。
甲斐甲斐しくヴァネッサを介護する姿は、『愛、アムール』(2012年)のジャン=ルイ・トランティニャンとも重なります。やはり高齢夫婦の老老介護の図だと似てしまうものですね。
疎遠なっている息子も孫娘を連れて頻繁に家を訪問するようになりますが、どうにも息子とは会話が咬み合いません。孫娘の方は問題なく可愛がっているのに。
ちなみに、劇中では息子の嫁はまったく登場しません。どうやら父子家庭らしいが、離婚したのか死別したのかは定かではない。昨今はシングルファーザーも珍しくはないと云うことでしょうか。
ヴァネッサの心残りは夫と息子の関係の修復だけですが、こればかりはどうしようもない。
具合が悪くなりながらも、合唱団への参加は辞めようとせず、〈年金ズ〉もコンクールへの予選を通過する。ここで〈年金ズ〉がヘビメタのロックを歌って予選通過と云うのもスゴイわ。
しかしコンクール本選を前にして、遂にヴァネッサの力尽きるときが来る。
閉じこもった部屋のドアの向こうから聞こえてくるテレンスの慟哭が凄まじいです。
このあたりで中盤を過ぎたくらいでしょうか。
ヴァネッサの退場が思ったよりも早かったのが意外でしたが、実はいなくなった後でもその存在が強く感じられる演出がなかなか巧いです。一端退場すると、もう回想シーンで登場とかもしないのですが(アルバムの写真で若い頃の姿がチラリと登場する程度)。
妻亡き後、夫婦で一緒に寝ていたベッドでは眠れなくなり、居間のソファで寝起きするようになるテレンスの生活が痛ましいです。そんなとき、妻が参加していた合唱団のメンバーもまた妻の死を悼んでくれていることを知って、少し変化が訪れる。
生前の妻と親しかった合唱団の先生(ジェマ・アータートン)と話すようになり、やがて先生の恋愛相談にも乗るようになり、遂に合唱団の正式メンバーとして迎えられる。しかし合唱コンクール本選の日程は容赦なく迫ってくる。
でも実はテレンスは結構、歌が巧いようで、先生からは「あなた、ダークホースね」と評されております。それほどシャカリキになって特訓しなくても、実は歌えるらしい。
とは云え、実際に歌うシーンは最後まで取っておかれ、観ている側は「巧い」と云われながらも、テレンスがどんな風に歌うのかはクライマックスまで判らないようになっています。
息子との関係修復の過程が、コンサート本選に向けて収束していく展開になるのはお約束でしょう。若干の紆余曲折はあるものの、親子の溝は決して埋まらないものでは無い。男親の愛情表現と云うのも、ちょっと照れくさいものがありますが(特に歳食った息子が相手だと)。
そしてコンサート当日のハプニングも乗り越え、〈年金ズ〉は遂に舞台の上に立ちます。実は出場に当たっては、割と無茶なことをしているのですが、そこは老人だから許されるようなところもありますね。
歳を取るとちょっと厚かましく振る舞っても世間的に許してもらえるのがユーモラスです。
妻亡き後の家族の絆の回復が、クライマックスで見せるテレンス・スタンプの熱唱シーンで実現します。ここは感動的な場面ですよ。テレンスの歌い方も素晴らしいデス。
〈年金ズ〉も健闘し、素人合唱団としては異例の三位入賞を果たす。
帰りのバスの中ではしゃぐ爺さん婆さんの姿が笑えます。
そして帰宅したテレンスは、ヴァネッサのいないベッドでやっと眠れるようになる。ぐうぐうと熟睡するテレンスの安らかな寝姿を映してエンディングです。
エンディング主題歌として、セリーヌ・ディオンの新曲 “Unfinished Songs” が流れます。「私達は未完成の歌」、「最高の時はまだこれから」と歌い上げる歌詞が素敵でした。
ところで、邦題の『アンコール !! 』ですが、題名から音楽映画であることは容易く察せられますが、特にクライマックスでもテレンスがアンコールを求められる場面はありませんでしたねえ。アンコールされないのに、『アンコール !! 』ってのもねえ。
「オーケストラ」とか、「カルテット」とか、「コーラス」といった音楽用語を題名に使った映画が他にあるので、本作にも何かそれらしい用語を使いたいと思うのは判りますが、内容と合っていないのは如何なものか。
せめて「スタンディングオベーション」くらいなら、まだ内容に合致するのに(あまり長々とカタカナ題名にするのもイカンか)。
素直に原題(“Song for Marion”)を訳して、『マリオンに贈る歌』とでもすれば良かったのに。
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