『ほしのこえ』(2002年)の自主上映を下北沢のミニシアターまで観に行ったのは今は昔。
SF者として一番好きな新海誠作品は『雲のむこう、約束の場所』(2004年)だったりしましたが──『星を追う子ども』(2011年)はイマイチで──、本作で更新されました。本作が(今現在の)最高傑作でありましょう。
特に感動のラストシーンでは、『秒速5センチメートル』(2007年)のときに感じたモヤモヤが晴れていく思いがしました(溜飲が下がったと云うか)。
男女の精神が入れ替わるネタが大林宣彦監督の『転校生』(1982年)を思わせる青春ストーリーですが、それだけに終わらないのがいいです。何やら裏に込み入ったSF設定が垣間見えるのですが、それを表に出そうとしないストイックな演出です(だから一般受けするのね)。
主要な声の出演が、神木隆之介、上白石萌音、長澤まさみ、市原悦子と実写俳優さんを多く起用していますが、まったく違和感なしです。配役の妙を感じます。
神木隆之介がアニメも巧いのは前からですが、長澤まさみ、市原悦子も素晴らしいですね。上白石萌音は、ほぼ本作が初めてですが──細田守監督の『おおかみこどもの雨と雪』(2012年)にも出演しておりましたが印象薄いデス──、こちらも方言が自然に感じられました。
中でも男女入れ替わった後の、神木隆之介の演技がコミカルで巧いわ。
抒情的なストーリーで感動的だったとか、背景美術は相変わらず美しいとか、音楽のセンスもいいね、などと云う当たり前の感想は置いといて、以下はSF者らしく背後に隠された設定を考察してみましょう(それ以外のことも)。いつもよりまとまりなくダラダラ書いてます。
■同じ場所に墜ちる隕石
劇中では、糸守町の湖は「約千二百年前に形成された隕石湖である」旨が語られていましたが、偶然にもこれはティアマト彗星の周期と同じであり、今回もまた彗星の核が割れて糸守の街に墜ち、街が消滅すると云う事件が描かれておりました。
同じ場所に隕石が墜ちる(多分、同じ彗星から)確率はどれくらい低いのだろうか。
果たしてコレは偶然か。
てなことをツラツラ考えておりますと、宮水神社の御神体もまた、すり鉢状の土地の中央にある奇妙な形の岩──妙に直角な部分が気になる──であることに思い至りました。御神体も隕石なのか。
しかも御神体の岩屋の奥には、古代人(縄文人かしら)が描いたらしき壁画があって、これもまた彗星由来であることを示唆しております。
つまり時を隔てて同じ場所に(多分、同じ彗星から)隕石が三回、墜ちていることになり、これは偶然とは思えませんですねえ。
■何が墜ちてきたのか
最初の隕石が御神体になるくらいですから、超常的なナニカであろうと思われますね。事実、それを祀った宮水神社の血統では女性には不思議なことが起こるとも語られておりますし、「三葉ちゃんと瀧くんの入れ替わり」だけでなく、同様の事件は過去何度も起こっているらしいと、お祖母ちゃんが口にしておりました。
多分、昔話の「繭五郎の大火」と云うのも、何か関係があるのか。繭五郎のお陰で過去の文献も伝承も何もかも失われてしまったと云われておりますが。
すると今回の事件もまた「東京のイケメン男子にしてくださーいッ」と云う、三葉ちゃんのお願いを宮水神社の神様が聞き届けてくれたから起きたらしいと察せられます。実に霊験あらたかな神様ですな。
しかもその神様は「東京」がどこにあるのかも、「イケメン男子」がどのようなものであるのかも、ちゃんと理解しているナニカであるらしい。
何もかも、三葉ちゃんのお願いの所為か。瀧くんは被害者なのだ。彼に落ち度はない。
「三年のタイムラグ」は御愛敬でしょうか。千年単位の彗星の接近すら、一跨ぎのように感じられる神様にしてみれば、三年くらいは「誤差誤差」と片付けられてしまいそうです。
同様にラストシーンの巡り逢いもまた、神様の計らいであろうと考えられます。
それにしては八年もかかっていますが、やっぱりまぁ「三年も八年も一緒一緒」と片付けられてお終いか。アバウトな神様だな、おい。
彗星に乗っていたナニカが地球に落下したことに端を発しているようですが、これは何かの事故なのか。分裂してしまったナニカは何とか元に戻ろうと、彗星が地球に最接近する都度、最初に墜ちた御神体めがけて墜ちてきているような感じがしますね。
すると、もう千二百年経つと四度目の落下があるのか。
劇中での描写では、彗星が完全に分裂したようにも見受けられましたので、三度目で打ち止めかも知れません。
本作の主題歌「夢灯籠」とか「前前前世」を聴いておりますと、歌詞が妙に宇宙的なスケールであり、これは御神体と彗星のラブソングのような気がします。
でもカラオケでRADWIMPの「前前前世」を歌おうとすると、MVの画面に猿人が登場します。まさかアレが「前世」なのか。ロマンチックな歌詞がブチ壊しやね(笑)。
■父の経歴
糸守の町民を救ったのは、最終的には町長であるお父さん(てらそままさき)が突発的に防災訓練を実施したからだと描かれ、その後の経緯が語られていく過程で、新聞記事に町長の経歴が掲載されている場面がありました。
それによると「民俗学者から宮司になり、更に町長になった」異色の経歴の持ち主とな。
きっと飛騨の山奥の伝承か何かを調べに来たフィールドワークで、現地の宮司の娘さんと知り合い、恋に落ちて、そのまま結婚したのでしょう。
するとあの父親は、宮水神社の御神体が隕石由来であることに気付いていたと思われますね。劇中では、奥さんが存命の頃に、現役の巫女である奥さんの神事に付き合い(幼い三葉ちゃんも連れて)、御神体に「巫女の口噛み酒」を奉納にも行ったらしきイメージも描かれておりました(口噛み酒をAmazonで通販してくれ!)。
するとお父さんは御神体内部の壁画も見ていた筈であり、一方で糸守の湖が形成された理由も知っていたでしょうから、少なくともお父さんにだけは「この地に隕石が二回墜ちている」ことが判っていた筈ですね。
湖が形成された理由しか知らないと、「そんな偶然が起きるか」と一笑に付されるのがオチですが、「既に二回起きている」ことを知っている人であればどうか。
最後の最後に、真剣な表情の娘から「星が墜ちてくるのよ、お父さん!」と云われたなら──上空では彗星が分裂している様子も肉眼で確認出来ましたし──、御神体と湖の形成時期の時間差も考慮し、周期的に符合することが理解出来る人だったなら、「二度あることは三度ある」と考えることも出来たのではないか。
突発的な防災訓練も、それほど御都合主義な展開でもなかったのか──と思い至って、ちょっと驚きデス。
■日付の問題
本作一番のツッコミ処がここですねえ。
二〇一三年と二〇一六年のカレンダーを比較すると、曜日にして四日ズレております。
互いに日記まで付けておきながら、これに気がつかないワケあるか。
「夢から覚めると、どんなに大事なことでも忘れてしまう」と云う事象は劇中で何度も描かれておりましたが、三年間の隔たりがあることを日記に記そうと思わなかった理由が思いつきませんです。
大事なことだろう、これは。
曜日の感覚がズレていることは、口噛み酒を奉納しに行く日の朝に、三葉ちゃん(中身は瀧くん)が学校の制服を着て部屋から出て来て、四葉ちゃん(谷花音)から今日は休日だとツッ込まれる場面でも示唆されておるのですが。
すると日付については、あえて意識しないように何者かが操作していたのか。
考えてみれば、瀧くんの記憶には不自然な点が多々見受けられます。三葉ちゃんとの初めての出会いを憶えていないのに、組紐だけはしっかり腕に巻いていたり。あれほどの大災害の記憶をすっかり失念していたり。
それどころか、飛騨の図書館で被災者名簿を調べて遂に突き止めた三葉ちゃんの名前すら、翌日には思い出せなくなっている。
何者かが故意に記憶を操作しているとしか思えませんですね。
同様のことが三葉ちゃんの身にも起きているとすれば、双方共に日付を不審に思わなかった(思うことが出来なかった)のも当然なのか。
これは糸守町の住民を救おうとした──それとも宮水の血統が失われることを怖れたのか──神様の遠大な計画の一部だったのか。三年間のタイムラグがあったから、歴史を改変し、時間線を乗り換えることも出来たのだと考えると、すべては最初から仕組まれていたような気がしますね。
瀧くんと三葉ちゃんは、超越者の駒として扱われていた──ような気もします。
■総武本線と中央本線
感動的なラストシーンではありましたが……(傍目から見ると、それは只のナンパではないかと云うツッコミはさておき)。
瀧くんが新宿からJR中央線に乗って四谷方面に向かうと、代々木を過ぎたところあたりで、並行して走るJR総武線に乗った三葉ちゃんの車両を見かける。
互いに相手に気付き、そして……。
三葉ちゃんは何故か、次の千駄ヶ谷駅で下車し、四ッ谷方向に向かって走り始める。瀧くんは四ッ谷駅で下車し、新宿方向へ駆け戻り始める。
そして須賀町の須賀神社の「例の階段」で遂に巡り逢う(この場所はGoogleマップのストリートビューでも確認できるので、ネットで聖地巡礼してみよう)。
しかし、三葉ちゃんは何故、千駄ヶ谷で下車してしまったのか。そのまま乗っていけば総武線も四ッ谷に停まるじゃないか。瀧くんも引き返さなくても、下車したその場で待っていれば、数分の遅れで総武線が追いついてくるのが判っていたはず。
むしろ慌てて改札を出てしまう方がすれ違う可能性が高くなるとは思わなかったのか。二人そろって動転しすぎでは。
まぁ、駅の改札で巡り逢うよりもドラマチックではありましょう。絵になるし。
劇中での描写から、瀧くんの住むマンションがあのあたりにあるので(赤坂御用地越しに東京タワーが見えるとは羨ましい)、そこへ向かっていたと思えなくもないですが。それでも千駄ヶ谷で下車するより信濃町で下車した方が(げふんげふん)。
それにしても、あの込み入った住宅街の中で、よく出くわすことが出来たものだと感心してしまいます。これも神様のお計らいだと考えない限りは、無理のある展開ですね。
してみると糸守町は壊滅し、宮水神社も木っ端微塵になりはしましたが、宮水神社の神様──彗星に乗っていたナニカ──は落下から八年経った二〇二一年現在でも健在であり、依然として活動していることが察せられますね。
この上は「高校生になった四葉ちゃんを主人公にした続編かスピンオフ作品」を期待したいところです。四葉ちゃんとて宮水の巫女の末裔ですし、いずれ何か起きるのでは。
■その他
どうでもいいが今回の事件で一番いい目を見ているのが瀧くんの同級生である司くん(島崎信長)──メガネ野郎な──ですね。
ドラマの終盤に、大学卒業を前にして友達三人が就活の成果を喫茶店で報告しあう場面があり、メガネくんが左手に指輪をしていました。その後、瀧くんと奥寺先輩(長澤まさみ)が会う場面では、奥寺先輩も左手に指輪を嵌めている。
あの飛騨旅行がきっかけだったのかあッ。鳶に油揚げをさらわれる感が半端ないデス。
瀧くんが採用面接を受けていたのは、やっぱり大成建設なのかな。
前作『言の葉の庭』に登場していたユキちゃん先生(花澤香菜)も、本作に登場しておりました。こんなクロスオーバーは大好きです。
でも、どんな靴を履いているのか見たかったのに、脚は映してくれませんでした(泣)。
しかもユキノ先生、実家は四国だったのでは……。
一番気に入った脇役は「飛騨の高山ラーメン店主のオヤジさん」です。言葉少なに瀧くんに餞別代わりに弁当を渡すシーンがいい(面倒見のいい人だなぁ)。
この弁当はオニギリでした。オニギリ>おむすび>「結び」か。芸が細かすぎますね。
糸守町出身であることが語られておりましたので、それ以前の糸守町のシーンのどこかに登場していないかと探してみようと思い立ちましたが、二回観たくらいでは気付けませんでした。もう一回、探しに行くか。
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