イレーヌ・ネミロフスキーの著作は日本語訳が既に数作あって、本作『フランス組曲』も出版されておりますね(白水社)。ちょっと読んでみましたが、物語よりも巻末に収められた著者のメモや書簡といった資料の方が興味深かったです。
本作は、イギリス/フランス/ベルギーの合作映画でありまして、監督と脚本はソウル・ディブです。この監督さんはキーラ・ナイトレイ主演の『ある公爵夫人の生涯』(2008年)でも監督と脚本を務めておりました。元はドキュメンタリ映画の監督であったそうな。
主演はミシェル・ウィリアムズとマティアス・スーナールツ。ミシェルがフランス人の人妻役で、マティアスがドイツ軍将校の役です。
以下、共演はクリスティン・スコット・トーマス、サム・ライリー、ランベール・ウィルソン、トム・シリングといった皆さん。フランスを舞台にしている物語なのに、ミシェル・ウィリアムズ(米)、クリスティン・スコット・トーマス(英)、サム・ライリー(英)といった英語圏の俳優さんが半数とはどうしたことか。
中でもクリスティン・スコット・トーマスはつい最近も『パリ3区の遺産相続人』(2014年)に出演しているのを観ましたぞ。あちらもフランスが舞台になっていたので、ついつい「クリスティンはフランスの女優さんである」と勘違いしてしまったこともありました。仏語も流暢だし。
本作では人妻ミシェル・ウィリアムズの義母役で、強面の厳しい婦人役です。元から嫁と姑の関係がギクシャクしているので尚のこと、息子の嫁がドイツ人と親密になるなど以ての外であると、ミシェルに厳しく当たります。
ミシェルの相手役となるマティアス・スーナールツはベルギーの俳優さん。個人的に馴染み深いベルギー人俳優はジャン・クロード・ヴァン・ダムだけでしたが(俺的ベルギーの人間国宝だし)、マティアス・スーナールツも憶えましょう。
この方はジャック・オーディアール監督の『君と歩く世界』(2012年)でマリオン・コティヤールと共演していたあの人でしたか。ヒゲ剃ってるから判りませんでした(云い訳)。
本作では音楽家を志していた若きドイツ軍中尉の役です。イケメンの上に紳士です。近年はもはや戦争映画であろうと、ドイツ人を非人間的な敵役として描くことは出来ませんね。
物語の舞台となるフランスの小さな町の町長にして近隣一帯の大地主役がランベール・ウィルソンです。進駐してきたドイツ軍への対応に苦慮しております。
ランベール・ウィルソンはフランス出身の俳優さんですが、私が一番よく知っている出演作が『マトリックス リローデッド』(2003年)とはどうしたことか。最古のプログラム、メロヴィンジアン役な。他に知っているのは『タイムライン』(同年)とか『サハラ/死の砂漠を脱出せよ』(2005年)とか、ハリウッドものばかりです。『キャットウーマン』(2004年)でゴールデンラズベリー賞(最低助演男優賞)にノミネートされたことは忘れてあげたいが忘れられません。
トム・シリングはドイツ軍将校役。この人だけ国籍と役柄が一致していますね。
『コーヒーをめぐる冒険』(2012年)のニコ青年役が忘れ難い。『ピエロがお前を嘲笑う』(2014年)にも出演されていましたが、こちらはスルーしてしまっております(観たかったのに)。
マティアス・スーナールツと同じ階級の中尉となりますが、こちらはあまり人格的に感心しない性格の男です。紳士であるマティアス中尉に対して、ドイツ軍人の中のゲス野郎担当。
総じて本作では、善人か悪党かは国籍に拠らないと云う公平な描かれ方をしております。
また、占領下でドイツ軍に協力的な人がいても、その是非を問うような描かれ方もしておりません。やむを得ない場合もありますし、礼儀正しいドイツ人に邪険に振る舞うことも出来ないからと云って売国奴呼ばわりする方が狭量であるような演出に見受けられました。
だから男達が出征して女子供ばかりの町に、若くて逞しいドイツの青年達──しかも妙にイケメンが多いぞ──がやって来れば、若い娘たちとしては親しくなってしまうのもやむを得ないのです。苦い顔をしているのは年寄りだけね。
フランスにしてみるとかなり不都合なタブーとされてきた描写のようですが、本作は堂々とそれを描いております。原作者のフランスに対する冷めた視線を感じます。
本作におけるドイツ軍は、かなり規律正しく、抑制の効いた集団であると描かれています。フランス人の視点からそのように描かれているというのが興味深い。まぁ、中にはトム・シリングみたいな奴もいますけどね。
さて、本作は音楽を通じて親しくなる男女のドラマでありますが、背景が戦時であり互いに敵国人同士の関係ですから、悲恋ものになるのはやむを得ないでしょう。そもそも片方が人妻な時点でアウトですわな。
まぁ、本作ではミシェルの不倫と云うことにはなりますが、率先して夫を裏切るのではなく、堪え忍んでいたのに夫の裏切りを知らされて……と云う展開になりますので、多分に同情的な描かれ方です。
また恋愛ドラマと並行して、フランス社会の階級闘争的な描写もありました。貴族の大地主に抑圧されていた小作人達が、ドイツ軍の進駐によって解放されたようになる。今まで逆らうことの出来なかった地主に対して、反抗し始める様子が描かれています。
小作人達からするとドイツ軍様々と云うか、地主の屋敷が接収されて部隊が駐屯する様子を見て溜飲を下げているようです。またドイツ軍に対して、町民同士が互いの恨みを晴らすべく誹謗中傷の密告を繰り返すというのも、「ドイツ軍=悪」の図式には当てはまりませんね。
逆に無関係のドイツ軍が、地元のドロドロした人間関係に悩まされると云う、ちょっと気の毒な描写です。
したがって、どちらかと云うとミシェル・ウィリアムズとマティアス・スーナールツが親しくなっていく本筋よりも、サム・ライリーを軸に展開していくサイドストーリーの方が面白かったりします。まぁ、ロマンスが目当ての観客もおられましょうが。
サム・ライリーは足が不自由なために出征せず農場に残った小作人の役ですが、自分の妻にドイツ軍の将校が言い寄っているのが気にくわない。勿論、このゲスいドイツ軍将校がトム・シリングね。
そんな中で、地主(ランベール・ウィルソン)の農場から盗みを働いたサム・ライリーがドイツ軍に追われる羽目になるわけですが、些細なことから事件が二転三転して大きくなっていく過程の方が面白い上に、こっちの方が本筋のようにも見受けられました。
盗みの現場を見咎めた地主の奥さんは、思いもよらず小作人風情から大きな態度に出られて、すっかり根に持ってしまう。夫である町長に「銃で脅された」などとデタラメを言いつけたので、旦那さんも捨て置くことができず、些細な盗みだったのにドイツ軍に通報し、かくしてドイツ軍による捜索が開始されることになる。
この捜索隊の指揮を執っていたのがトム・シリングであったので余計にハナシがややこしくなります。発見時にゲスい中尉が挑発した一言に逆上したサム・ライリーが、ふとしたはずみで相手を殺してしまう。如何にゲス野郎だったとは云え、ドイツ軍将校が殺害されたとあっては只では済まされない。
軍の上層部からは「ドイツ兵が一人殺されたのなら、見せしめにフランス人を十人殺せ」などと無茶な命令が出そうになるのを、部隊の司令官が「見せしめは町長一人だけで」と何とか穏便に済ませようとするのが可笑しいです。
が、銃殺に処せられる町長にとっては笑い事ではない。
狭量な奥さんの告げ口が回り回って旦那さんの命を奪う羽目になると云う、因縁話めいたサイドストーリーでありました。
ここで銃殺隊の指揮を命じられるのがマティアス中尉であり、このことでミシェルとの仲も破局してしまいます。これもまた戦争によって引き裂かれる愛なのか(まぁ、戦争がなければ出会いも無かったですけど)。
その後、逃亡中のサムをミシェルと義母クリスティンが匿い、何とかパリへ脱出させる手筈を整えようとします。必要な通行証の発行のために一度は破局したマティアス中尉に請願するミシェルです。どうも「人の良いドイツ人がフランス人に騙されている」ようにしか見えません。
終盤は駐屯していたドイツ軍に移動命令が下って別れの時が来るのと、サム・ライリーの脱出行が平行して描かれるサスペンスです。ここはそれなりにスリリングでした。
劇中では、滞在中に中尉が趣味で作曲している図が何回か挿入されますが、別れに際して完成させた楽譜に付ける曲名が「フランス組曲」。言葉では語らず、全てを音楽に託すのがロマンチックですね(イケメンだから尚更か)。
一方で、愛を込めて楽譜を贈ってくれた中尉を裏切らねばならないミシェルの心情が辛いところですが、最後には発覚した裏切りを飲み込んで黙ってミシェルを見送るマティアス中尉でした(イケメンすぎるわ!)。
しかし、このあたりは映画のオリジナル展開のようです。原作は単にドイツ軍が去る場面で幕となり、それっきり未完ですから。
ところで「フランス組曲」とは割とよくある曲名のようです。ネットで検索しますと、同名の楽曲が幾つもヒットします。ヨハン・セバスティアン・バッハも「フランス組曲」を作曲していますし、他にもダリウス・ミヨー、フランシス・プーランク、ヴェルナー・エックといった作曲家による異なる「フランス組曲」があるようです(聴いたことはありませんが)。ジャンルも管弦楽だったり、吹奏楽だったり色々か。
特にバッハの場合は「イギリス組曲」なんて題名の楽曲も作曲しているそうで、楽聖は題名には頓着しなかったもののようですね。
「幾つかの楽曲を連続して演奏するように組み合わせて並べたもの」は全部、組曲か。
原作者イレーヌ・ネミロフスキーの当初の構想としては、その「組曲」の題名に相応しく、様々な登場人物達が織りなす群像劇と云うか、オムニバス長編ぽい構成を考えておられたそうですが、ユダヤ系フランス人として強制収容所送りとなり、遺稿は最初の二章分のみ。
しかも映画化された本作は、そのうちの第二章の方です。第一章の方はほぼスルー。せめて続編を製作して二部作にしても良いのでは。
原作巻末の創作メモによると、『フランス組曲』は全五章が想定されていたそうです。各章毎の独立したエピソードに、少しずつ登場人物が重なり合って「組曲」となる予定だったそうな。
第一章と第二章だけでも、サム・ライリーが演じていた小作人ブノワが共通して登場しております。このキャラクターは続く第三章でも登場予定だったので、完成した小説がシリーズとして映画化されていればサム・ライリーが皆勤賞になっていたのかも……知れません。
まぁ、予定は未定であり、作者自身も始めのうちは全五章とぶち上げながら、途中で「四章でいいかも」なんて書き残しておりますし(笑)。
先のストーリーは概要だけだったり、未定のままだったりするのですが、第一章も映画化し、作者の構想に則った第三章も制作すれば併せて三部作になる……のですが、どうでしょね。
どうもトルストイの『戦争と平和』を意識しているようなメモもあったりするので、『フランス組曲』とはイレーヌ・ネミロフスキー版『戦争と平和』になる……筈だったのかも知れません。
完成すれば原著で一〇〇〇ページを軽く越えそうなところも『戦争と平和』ぽいか。
第三章以降は、サム・ライリーもパリでレジスタンスに加わり壮絶な死を遂げる予定だったり、「ロシアに於ける例のドイツ人の死」なんて気になるメモもありました。よもやマティアス中尉はあのあと東部戦線送りになって戦死してしまうのか。
ミシェル・ウィリアムズについても、気になるその後の展開が示唆されていたりしますが、すべては闇の中ですねえ。
エンドクレジット後には、原作の出版過程について字幕で説明が入ります。作者の娘から「これは母の芸術の勝利である」旨のコメントが付けられておりました。
『フランス組曲』が完成していれば、トルストイに匹敵したかも知れないと思うと惜しいことです(でも長すぎて寝てしまいそうですが)。
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